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堀地幸次  土鍋展

   道具としての機能性を最大限に追求したモノの性質や形状は自ずと決まります。機能というものは「普遍性」を持っているからです。但し、何に重きを置くのかということには選択がありますから、そういう意味では機能の形態も千差万別だと云えるでしょう。土鍋は道具ですから、道具としての機能性を追求することは私の中では自然な流れでした。けれども一個人の力でそれを完遂できる筈も無く、迷走は続き、行き詰まった私は前回の個展で苦し紛れに『幻視』という土鍋を作ることになった訳です。それは、「呻き」のようなものだったのかもしれませんが、制作時には、機能の呪縛から或る程度は自由になることを実感することが出来ました。2015年3月 ぎゃらりーFROMまえばし『堀地幸次  土鍋展』挨拶文より抜粋)

 

「耐熱」とオーブンと直火

 土鍋について少し書こうと思っていただけなのに思わず饒舌になり、大きく遠回りしてしまっている。話を戻してここからは調理における土鍋の基本的な特質について書いてみたい。

 「耐熱」或いは「耐熱性」という言葉については既に書いたが、この言葉は日常の中で曖昧に使われているように感じる。 「耐熱」は、もちろん土鍋に対しても使い得る言葉だ。先述したが、「耐熱」或いは「耐熱性」という言葉は、高い温度に耐えるという意味と、急激な温度変化に耐えるという意味の二通りに使われる。

 例えば「ココット」や「ココット皿」と呼ばれている小さな器を「耐熱容器」と認識されている方もいるだろう。それはそうなのだけれども、「耐熱」だから、と「ココット皿」を直火にかけてはいないだろうか。結果は、ひび割れてしまうことが多い。この「ココット皿」は、一般的にはオーブン対応とされている器だ。「オーブン可」=「耐熱容器」=「直火可」と連想してしまうことが起こり得る。
(※ 少し調べてみたところ、「鍋」またはこれを使った料理のことをフランス語で「ココット」というらしく、日本では違う意味で使われることも多いようだ。)

 ここで、「ココット皿」について使われている「耐熱」は、高い温度に耐えるという意味での「耐熱」だが、そもセラミックス(陶磁器)はその意味での「耐熱性」を基本的な性質として備えている。だからここで「ココット皿」について言えば、それは、「耐熱性」は備えているけれども、「耐熱衝撃性」はあまり備えていないということになる。

 「オーブン加熱」と「直火加熱」は全くの別物だ。オーブンに入れた容器は周囲から全体的に加熱される。つまりオーブン加熱では、容器の各部分に温度差が出来にくい。先述したようにセラミックスは、加熱による温度差ができなければ熱膨張差による応力の歪みも発生しにくく、破損も起こりにくい。しかもオーブン内の温度は通常150℃~250℃程だろう。だからオーブンで使うことだけを前提にして作られている器には、土鍋に必要とされる程の耐熱衝撃性は必要ない。

 一方、直火では高温のガスコンロの炎が鍋底裏に直接あたり、しかも鍋底裏だけが部分的に加熱されることになる。だから直火対応ではない「ココット皿」を直火加熱すれば、それは破損する可能性が高い。対して、直火対応の容器(土鍋)をオーブンで加熱しても、もちろん問題は起こらない。

 直火で使えるか否かは、その製品の説明書に明記されているはずだ。このことは理解されている方も多いとは思うが、勘違いして大切な器を割ってしまわないように気をつけていただきたい。

 


 

耐熱衝撃性セラミックスの性質とHOTCH土鍋

 土鍋の耐久性は、耐熱性よりも、急激な温度変化への耐性である耐熱衝撃性に負うところが多く、耐熱衝撃性は、素地の熱膨張の大小に主に関わる。既に述べたように、基本的には熱膨張が小さいほど熱衝撃に強くなり、土鍋としての耐久性が増すと云うことが出来る。

 一般にセラミックスは、含まれる石英がα型からβ型に転移するため、600℃~700℃付近で急激に膨張する。また、通常、内容物が入った状態でのガス加熱時の土鍋底裏の温度は300℃以下で、空焚きの状態での土鍋底裏の最高温度は700℃以下だ。したがってもしも空焚きをしてしまった場合、石英の転移点を超えて鍋底裏の温度が上がってしまう可能性があり、土鍋の場合、この転移による異常膨張が空焚き時の破損の原因にもなる。だから土鍋では、その素地と釉は、熱膨張が小さく、可能ならば転移点を持たない方が良いということになる。つまり土鍋素地と釉に石英の転移ピークがあると、空焚き時に土鍋が破損する可能性が高くなると言える。

 参考までにHOTCH製片手土鍋素地と釉の熱膨張曲線グラフ(2014年4月現在)を付けてみた。これは土鍋素地と釉薬の熱膨張曲線グラフで、比較のために、主に食器として使用されている、或る磁器のデータを添付してある。一番上に一本伸びている線がその磁器の線、下側の2本の線は、上が土鍋素地の線で下が土鍋用釉薬(F釉)の線となっている。この磁器の曲線を見ると、600℃の少し手前にピークがあり、石英の転移点を示している。けれども土鍋素地とF釉の曲線を見ると、600℃~700℃付近に、転移による異常膨張を示すピークが無いのが分かる。

 かなりアバウトな話で恐縮だが、図の磁器も含めて、食器などに使用されている一般的な陶磁器の熱膨張係数は、600℃程の時に5×10-6~7×10-6程度になることが多い。また、普通は、熱膨張係数3×10-6以下を示すモノが耐熱衝撃性セラミックスと言われる場合が多い。

 この「○×10-6」というのは熱膨張係数で、例えばガラスの場合は「○×10-7」になったりする。どこを見るかというと、「○」の数字を見る。この「○」の数字が小さいほど熱膨張が小さいということになる。

 あまり資料を付けるとかえって分かりにくくなってしまうこともあるので他のデータは付けていないが、図に添付した磁器の600℃時の熱膨張率は0,423%で、熱膨張係数は7.56×10-6、Hotch製片手土鍋素地の600℃時のそれは0.056%で、熱膨張係数は1.01×10-6となっている。だからこの土鍋素地の熱膨張は、この磁器の7.5分の1程度ということになる。更にその熱膨張曲線は滑らかで、石英の転移による異常膨張を示していない。このことから、この素地と釉が、空焚きに対する優れた抵抗性を備えていることが分かる。

 


 

耐熱衝撃性セラミックスの性質

 例えばリチア素地と一口に言っても、使用原料や調合量や製造方法は無限のバリエーションを持つ。だから自分の思い通りのモノを作るのは簡単なことではない。優れた性能を備えた土鍋用の市販素地もあると思うが、それで思い通りのモノが出来るとは限らない。・・・私の場合は、求める性質を得るために、原料を入手し、調合を行い、自分で素地を制作している。何年にも亘(わた)って延々と行なってきた素地や釉薬の検証は今も続けている。そのために公的試験機関のお世話にもなっている。

 高い頻度で使われる日常使いの土鍋は、強度や耐久性を保持しつつ使い勝手に優れていた方がいい。だから設計上も過不足のない性能と形状が求められる。ある機能を伸ばすと、必ず別の機能が損なわれるという現象が起こるため、製品は微妙なバランス感覚の上で制作することになる。

 “技術的”に見れば、土鍋に要求される性質の最も基本的な要素は低膨張性ということだ。”耐熱”或いは”耐熱性”という言葉は、高い温度に耐えるという意味と急激な温度変化に耐えるという意味の二通りに使われるが、土鍋に必要なのは後者の急激な温度変化に耐える性質だ。この性質を「耐熱衝撃性」という。セラミックスの場合、基本的には素地を低膨張にすることによって耐熱衝撃性が高まる。それを利用して耐久性に優れた土鍋を制作することも可能になる。

 セラミックスの耐熱衝撃性は、機械的強度・靱性・熱伝導度・熱膨張などに影響される。セラミックスは金属に比べて熱伝導度・靱性・に劣る。だから、急激な温度変化を受けると、その部分と他の部分に温度差が生じ、そこに熱膨張差による容積変化が起こる。この容積変化の歪みが大きくなり、素地がそれに耐えられなくなった時、破壊が起こる。これが熱衝撃破壊であり、それに対する抵抗性の高いものが耐熱衝撃性セラミックスだ。

 もしも仮に熱膨張値の大きな素地を使用した土鍋でも、その素地が熱伝導性に極めて優れていたとすれば、鍋底を加熱した際、瞬時にその熱変化が土鍋の隅々にまで及び、膨張が均等に発生するので、容積変化による歪みは起こらず、熱衝撃破壊は起こらないということになる。また、金属のような靱性が土鍋に備わっていれば、当然、加熱・冷却時の破壊も起こらない。けれども残念ながらそのような性質はセラミックスには備わっていない。熱衝撃破壊を回避するもうひとつの方法は、加熱時の膨張を小さくして容積変化による歪みを減らすという事で、セラミックスはこの方法を選ばざるを得ない。そこで低膨張セラミックスが必要となる。

 


 

耐熱衝撃性セラミックスの変遷

 ”技術史的”に見れば、私は「今」に存在していて幸運だったと言うべきかもしれない。何故なら、まだまだ完成されているとは言い難いけれども、低膨張セラミックスというモノがあり、それを利用できる環境があったのだから。  先にも述べたように土鍋の起源は土器の起源そのものでもあり、それは当然セラミックスの起源でもある。1万6000年前に始まったというセラミックスの歴史は、世界各国で様々な要因により千差万別の形態で進化を遂げてきた。

 窯が進化する以前に使用されていた原初の土鍋は、野焼き(オープンピット)によって焼成されている。それは必然的に低火度焼成となり、未焼結の素地は多孔質で吸水性に富み、硬質ではなかった。そのため直火での使用に耐え、調理器具として使用することが可能だったと考えられる。但しこの土鍋が現在作られている土鍋と同様のモノだったかというと、それは全く別物だった。過剰な吸水性によって、煮炊きの効率は良くなかっただろうし、また耐熱性も優れているとは言えなかった筈だ。熱源は焚火であったろうから、それほど急激で強い温度変化に曝されることは無かったかもしれないが、それでも暫く使ったらひび割れて別の物と取り換えるという事を繰り返していたと推測できる。そしてこの原始的な土鍋は、時を経て窯の構造が改良され、より高温で釉薬を掛けて焼成される等の進化はするものの、その基本的な性質を変えることなく1万数千年に亘って使われてきたと考えられる。

 1770年にギオゲットが最初にコーディエライトセラミックスを作り、1929年にシンガーとコーンが低熱膨張のコーディエライトセラミックスを作った。ここに初めて優れた耐熱衝撃性を備えたセラミックスが出現したということになる。だからそれ以前に作られたすべての土鍋は、必然的に前述の原始的な土鍋の範疇に入ると考えられる。その後、コーディエライトセラミックスは工業分野で広く使用される素材となり、現在も自動車やストーブの排気ガス触媒のハニカムセラミックス等に使われている。そしてこの素材は、その後リチア素地が出現するまで、土鍋や耐熱食器の主流にもなった。

 1948年アメリカのハンメルはペタライト質素地の低膨張性を発見し、また、ロイとオズボーンは1949年にリチウムを使用して低膨張素地が得られることを考えた。ここにリチア素地が発明され、コーディエライトセラミックスよりも更に低膨張のセラミックスが誕生した。そして現在はその低膨張素地を利用できる環境が個人にも開かれている。そんなことで、私もその恩恵にあずかることが出来たという現実が一方にある。

 より広い視野で見れば、耐熱衝撃性セラミックスは上述の物だけではない。機能性セラミックスやファインセラミックスの中にもその性質を備えた物がある。例えばチタン酸アルミニウムや窒化ケイ素などがその主な物だ。けれどもこれらの素材が土鍋に使用されることは通常無いので、これらについては又別の機会に書ければ、と思っている。