遠赤外線と土鍋

 遠赤外線と土鍋との関係で、基本的なことであるにもかかわらず誤解されていることが多いのではないか、と思われることを書かせていただく。

 土鍋と遠赤外線について検索すると、「遠赤外線効果がある土鍋で煮炊きした食材は、芯からふっくら柔らかくなります」・「遠赤効果でふっくらご飯」、といった意味の文(コピー)に多く出会える。メディア上ではそのことが強調的に取り上げられていることも多い。土鍋と料理との関係で言えば、土鍋でなければ美味しい料理が作れないということではないのだから、鍋の特質だけを料理の味の前提として強調するのではなく、個々の鍋の材質と特質による調理方法の違いに目を向けることも大切だろうと思う。

 けれどもここで別の疑問が生じる。遠赤外線の作用は放射によるのだから、例えば煮炊きをするとき、煮汁に接している土鍋の内側部分から鍋の内容物に対して、遠赤外線は放射されないのではないか、と思えてしまうからだ。赤外線放射とは、空気や真空、もしくは赤外線を透過する媒体を、赤外線が電磁波として伝わっていくことだ。

 理屈で考えればこのことは難しいことではないだろう。では、それにもかかわらず何故そのことが疑問として残ったのか。それは前述のメディアに惑わされたということなのだと思う。メディア上のコピーは明確で確信に満ちているように見える。そこでこの疑問を解決するべく、複数の研究者と機関に質問をさせていただき、有り難いことに各位からお返事を頂いた。以下に、それを総括して私なりに書かせていただくが、その前にここで少しだけ遠赤外線の説明をさせていただく。わかりやすく説明したいところだが、目に見えない電磁波である「遠赤外線」そのものが既に把握しにくい対象なので、これをわかりやすく説明するのは簡単なことではないと思われる。また専門的な知識もあまり持ち合わせていないので、うまく説明する自信もない。より適切な概要を知るには、「遠赤外線協会」のサイトを参照していただくのが良いと思う。

 太陽光をプリズムに通すと、虹色(便宜的に紫・藍・青・緑・黄・橙・赤)に分散して投影される。それらの色の波長は、紫色が最も短く、藍・青・緑・黄・橙・赤と移るにつれて順次長くなる。可視光線の中では赤色の波長が最も長い。そのとき赤色の更に長波長側に隣接する領域には、目に見えない「赤外線」がある。また、紫色の更に短波長側に隣接する領域には、やはり目には見えない「紫外線」がある。

 「赤外線」の存在は、ハーシェルという天文学者によって1800年頃に明らかにされた。彼は太陽光をプリズムに通し、投影された虹色(7色)の一端である赤色の更に外側に置かれた温度計の指示値が、他の色の部分よりも大きく上昇したことに気付き、温度を上昇させる作用の強い、目に見えない光がそこにあることを知る。その(目に見えない)光は、「赤色」の外側にあるため、後に「赤外線」と名付けられ、更に後に電磁波の一種であることが明らかにされた。

 赤外線の中でも、波長の短い側のそれを「近赤外線」、波長の長い側のそれを「遠赤外線」として区分している。遠赤外線は、熱エネルギーを伝達するときに損失が少なく、効率的に物質を加熱する作用が強い。その理由は、多くの物質が2.5μm~30μmの(主に遠赤外域の)電磁波をよく吸収するからだ。遠赤外線の周波数は多くの物質の分子振動と重なり合うので、これらに対して放射されると、そこで吸収され、その物質の構成要素である分子の振動を活発にして温度を上昇させる。また、「近赤外線」と「遠赤外線」をどの波長で区分するかは、利用分野ごと(もしくは人ごと)に異なっていて統一されていないのが現状らしい。遠赤外線についての説明はこのくらいにして、前述の疑問に対する総括をさせていただく。

 土鍋調理時に於ける、食材への遠赤外線の関与は、喧伝されている以上に少ない場合が多いと思われる。遠赤外線放射体としての特性を、多くの土鍋が備えていることは事実だ。けれども実際の調理では、遠赤外線が効率的に食材に作用しない場合も多い。

 「対流」・「伝導」・「放射」のいずれか、もしくはそれらの複合作用によって物体は加熱される。土鍋での煮炊きの場合の内容物は、煮汁と土鍋が接している範囲と、接していない範囲(すなわち煮汁の上面)の双方から加熱されることになるが、このとき効率的な遠赤外線放射を受けているのは煮汁の上面のみで、(より広範囲で内容物の加熱に寄与している)煮汁との接触面からは、遠赤外線放射ではなく、主に「伝導」によって熱が伝わることになる。

 例えば土鍋でスープを作るという場合、スープ(煮汁)に接していない土鍋の内側や鍋蓋からは、その部分の温度に応じた遠赤外線が鍋の内側に向かって「放射」され、空気中を進み、食材や煮汁に当たればそれらを加熱する。スープに接している土鍋の内側部分からスープには、主に「伝導」で熱が伝わり、またスープ内では「対流」で熱が伝わり、それら三者(遠赤外線放射・伝導・対流)の複合作用によってスープは温められる。

 ただ、鍋の内壁に気泡などがあると、その部分には鍋から煮汁に向かって遠赤外線の放射があると云うことだ。また炊飯の場合は、調理後半に水分が少なくなるにつれ、鍋内壁部に接する米粒同士に隙間が現われ、その部分からも遠赤外線が放射されると考えられる。

 以上、とても単純なことに、ずいぶん字数を費やしてしまったような気もするが、以前の私は、先述のメディア上のコピーに接して、土鍋で作ればどのようなメニューでも遠赤外線効果によって効率的に調理できるものと単純に思い込んでいたので、正確なところを理解したときは、少々ガッカリしたことを否めない。けれども、以上のことは皆さんにとっては既に自明のことで、分からなかったのは私だけなのか、とも感じている。皆さんはどう思われただろうか?

 また、これらの現象でどれ程の遠赤外線が食材に作用することになるのか、今の私にはわからない。遠赤外線加熱のメカニズムについては、また別の機会に詳しく書かせていただきたいと思っている。