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日立ベビコン

 修理しながら使ってきたRYOBIエアーコンプレッサー(CPU-60)の稼働音(金属的な音)が再び大きくなり、いつ圧縮が無くなるかと不安になっている中、「日立ベビコン」が工房の機器に加わった。塗料が付着し、中古としてもかなりボロイ印象で、そのために格安というモノだった。エアー吸入装置の形状から判断すると、かなり古い機種だと思われるが、予想に反してドレンも汚れてはいなかった。

 とはいえ、導入に当たっていろいろと手は加えた。エアートランスホーマのレギュレータが作動せず、分解したところ内部が錆と劣化で固着しており、廃棄してフィルターレギュレータと交換。トランスホーマに接続されていた圧力計は、ガラスが割れ、文字盤が変形していたため廃棄、エアー取り出し部の圧力計は黄色い塗料で目盛りが見えなくなっていたため分解清掃、エア漏れのためドレンコック修理、電源コード交換、押釦開閉器を設置、3相モーターのファンに塗料カスが堆積していたため分解清掃、ベルト交換、オイル交換、エアー取り出し部のホースニップルを全てカプラに交換、本体から空気タンクへの銅管の分解と点検、ピストンヘッド脱着、逆止弁分解清掃、さらに、エアーチューブの経路変更、リークチェッカーによるエア経路上のエア漏れの点検、修理など。ほぼ状態を把握できたが、結論は、基本的な機能に不具合は無く、古い割にはあまり使われてこなかった機器ではないか?ということに(私の中では)なった。また、押釦開閉器以外は手持ちの品で間に合ったので、費用もほとんどかからなかった。

 全てを分解して塗膜も剥がし、サーフェーサーから上塗りまでやり直してフルレストーションしたいという思いもあったが、ここまでで十分という判断と、そんなことをやっている場合でもないということと、今の外観も得がたいということで思いとどまった。

 

 

謹賀新年

 賑やかな大みそかの余韻を残しつつ工房で迎えた元日は、静謐な日の出前の目覚めと心地よい寒さの中で風呂を焚くことから始まった。

薪のはぜる心地よい音と炎のゆらめきが、未明の時を目覚めさせる。

本年もよろしくお願い致します。

予想外のこと

 畑のサツマイモを収穫した。まず株もとの適当な外縁部にスコップを差し入れ、少しだけスコップを返して土を緩めてから手で芋を掘るという手順で作業をした。いつもは購入苗を植えるのだが、今年は、知人が作った苗をいただいて植えたサツマイモだ。品種は3種類あったが、気にしていなかったので、どこに何を植えたのか、或いは何が何株あったのか覚えていない。

 掘り始めると、その畝は安納芋がメインで、予想以上に出来が良かった。何株か堀り上げ、次の株に移り、例によってスコップを外縁部に差し入れた時、スコップが半分ほど土に刺さった時点で不意に抵抗を感じ、それ以上刃が進まなくなった。とっさに「石に当たったんだな」と思い、石の大きさを探ろうと、スコップでその周辺をまさぐった。しかし、石ならば手に固い感触が伝わりゴリゴリと音がするはずなのに、音もせず、なんだか柔らかい感触が伝わってきた。「あれっ」と思いスコップを抜いた瞬間、その部分の土がゆらゆらと揺れた。「何か出てくる!」と思って息を呑んでみつめていると、土の中から大きなヒキガエルが現われた。写真ではわかりにくいが、20cm程もある大物だ。背中に斜めにスコップの刃の跡がついているのが分かるだろうか。

 思わず「お前大丈夫か?」と声をかけたが、さすがにスコップの刃の攻撃は強力だったとみえて、体を膨らませて威嚇のポーズをとったカエル君はじっとして動かない。少し触ってみると、逃げようとしたので、動けることがわかりほっとしたが、カエル君はさらに体を膨らませて厳戒態勢だ。サツマイモの葉が茂るこの場所には、スズメガやその他の幼虫が多く居るので、夏の間ここでそれらを食べ、気温が下がってきて冬眠に入ったところなのか。  より安全な茂みにそっと放し、しばらくして見に行くとカエル君は居なくなっていた。元気に春を迎えられるとよいのだが。

 

 

原料の粉砕

 原料の粉砕をするために、26日、益子の窯業技術支援センターに出かけた。前回お世話になった時は集塵機の調子が悪く、マスクを着けての作業になったので、今回、予約の際にその旨伝えると、「今のところ大丈夫ですが、またそのような状態になるかもしれないので、マスクを持参してください」と言われた。ということでまた粉塵まみれになる覚悟はしていた。

 ところがセンターに着くと、新築の建屋に案内され、中に入ると、新しい機械が据え付けられていた。

左から、集塵機・ジョウクラッシャー・高速度微粉砕機

 今回も100㎏弱の原料を持ち込んだが、作業を始めると機械の調子は上々で、粉塵にまみれることも無く予定の半分程度の時間で作業が終わってしまった。

 時間も出来て妻と二人だったので、初めて陶芸メッセ周辺を散策してみた。江戸時代後期に建築され、1989(平成元)年にこの場所に移築保存されたという旧濱田庄司邸を見学し、その立派さに驚くと同時に、「益子焼」の原点を見た思いがした。

 

薪作りとヤマトタマムシ

 工房前の庭で作業をしていた時、胸元に何かの虫がとまっている気配を感じ、驚いて思わず手で払うと、足元に落ちたのはヤマトタマムシだった。手にとってみると、突然払われてショックを受けたのか、タマムシは動かないままだったが、しばらくするとやがて元気に動き始めた。サイトが消えてしまったトラブルで日付は確認できないが、以前もタマムシのことを書いたのを覚えている。

※「サイトの消失と再開について」参照

  タマムシの生態に詳しくはないので少し調べてみた。『群馬県レッドデータブック 動物編 2012年改訂版』によると、ヤマトタマムシは群馬県では「準絶滅危惧」というカテゴリーに分類されている。全国的にも個体数は減少傾向にあるようで、他の都県などでも種々の「絶滅危惧」カテゴリーに分類されているようだ。また、ネット検索で「タマムシ愛好会」というサイトを見つけ、参考にさせていただいた。同レッドデータブックと「タマムシ愛好会」のサイトによると、

  • ヤマトタマムシの生息域は、平地帯 亜山地帯 夏緑広葉樹林 住宅地公園 里山など。
  • エノキ、ケヤキ、カシ、ナラ、クヌギ、ハリエンジュ、サクラ、オニグルミ、カキ、など各種広葉樹の半枯れ部、伐採木、伐採直後の切り株、等に産卵する。
  • 幼虫は産卵された樹を食餌し、食餌内容や成育環境によって、2年から4年程で羽化する。
  • 成虫はエノキ、ケヤキの葉を後食する。
  • 生息域の開発行為、農薬汚染、朽木や倒木の回収や撤去、樹木の枯死対策のための消毒などにより、個体数が減少している。

ということだ。詳しく知りたい方は「タマムシ愛好会」というサイトを見ていただければ、と思う。

 主に窯焚きとストーブと風呂に使用する薪を、私は原木から作っている。薪割りの際にいろいろな虫が木の中から出てくるのは珍しいことではなく、それがどのような意味を持つのかを考えたことはこれまで特になかった。けれどもヤマトタマムシが準絶滅危惧種だと知ったのをきっかけに、少しその意味を考えてみた。

   このタマムシはどんな経緯でこの場所にやってきたのか。積み置いている原木に幼虫がいたのならば、その原木の元の所在地にタマムシが生息していたことになる。また産卵のためにこの場所に成虫が飛んできたのならば、この近くにタマムシの生息場所があることになる。けれどもその場合、どうしてその生息場所で産卵しないのか、と疑問が残る。だからどちらかというと、原木中に生息していた幼虫が羽化した可能性が高い。つまり原木の搬入時、原木中にいたタマムシを一緒に連れてきたことになる。そう言えば、胴部?に比べて頭部が急に大きくなっているカミキリムシの幼虫に似た幼虫を、薪割り時に多く見かけていた。いま思えば、あれがヤマトタマムシの幼虫だったのだと思う。迂闊な私はそれを調べずにカミキリの幼虫の一種だろうぐらいに思っていた。

  私が原木を入手する場所は様々だが、その一つとして造園屋さんの木の置き場がある。また、その時々で声をかけていただき、屋敷林や空き地など様々な場所から、木を運ぶことになる。そのいずれもが必要に迫られて伐採された木々だ。私がもらい受けなければこれらの木々は処分されてしまうのだから、引き取って私の所に置いておけば、タマムシの生息にとってプラスに作用するようにも思えるが、実はそうとも限らない。

 私の所に運び込まれれば、1年から数年以内に燃料としてその木は消費される。けれども木の伐採場所では、伐った木を片付けないケースもある。またその造園屋さんの原木置き場でも、太い木はずっとその場所に置きっぱなしになっている。先に書いたように、ヤマトタマムシの幼虫は「産卵された樹を食餌し、食餌内容や成育環境によって、2年から4年程で羽化する」ということなので、元の場所に木が放置され続ければ、より長い期間、タマムシはそこに産卵して生きられるだろう。ただしやはり先に書いたように、ヤマトタマムシは「エノキ、ケヤキ、カシ、ナラ、クヌギ、ハリエンジュ、サクラ、オニグルミ、カキ、など各種広葉樹」に産卵するけれども、「成虫はエノキ、ケヤキの葉を後食する」らしい。つまり産卵樹種(幼虫が食べる樹種)と後食樹種(成虫が食べる樹種)とが異なる場合もある。もし仮に産卵樹種と後食樹種とが異なっていた場合、羽化した成虫は後食樹種が葉を茂らせている場所へ移動しなければ生きられないだろう。さらにタマムシは「各種広葉樹の半枯れ部、伐採木、伐採直後の切り株、等に産卵する」ので、条件が整わなければ産卵できないかもしれない。総体としての自然環境の豊かさが生息には必要だ。

 環境の深化という方向性を持った個別具体的な変化がなければ、総体としての自然環境の深化はあり得ない。だからたとえ小さなことでも、その時々に気付いたことや出来ることを大切にしたい。都市や住宅地や畑作地帯では、街路樹や緑地、あるいはビオトープなどの保存と新たな創出が必要だろう。ある生物の生息場所を一つの「点」として、その行動範囲内に「点」が複数あればその生物の生息の可能性は大きく広がることになる。今回のことで言えば、タマムシを見つけた工房の木の置き場は、その「点」ということになる。造園屋さんの原木置き場も、伐採された樫の大木がある空き地も、伐られた原木が山積みになっている屋敷林も、同じように大切な大小の「点」だ。しかしながら私の生活圏を概観してもこれらの「点」は甚だしく不足しているように思えるし、現実的にそれを増やす術も今の私には思い浮かべられない。残念ながらこの場所に運ばれてきたタマムシが生息し続ける可能性は低い、と考えざるを得ない。  たとえ「都市や住宅地や畑作地帯」にあっても、小さな生き物が行き来できる距離に、それぞれが生きられる環境が当たり前のように点在する社会になればいいなぁ、と思うけれども、これはやはり難しいことか。

 ヤマトタマムシが準絶滅危惧種だと知ったのをきっかけに、薪作りに関わる自らの行動や、普段、当たり前に身を置いている環境が、生態系と密接に関係していることを改めて自覚し、目が覚める思いがした。私の意識を遥かに超えて動いている昆虫のセンサーと自然界のダイナミズムに感嘆せざるを得ない。私自身もセンサーを敏感に働かせ、「一を聞いて十を知る」というような広い視野で目の前の事物を見据えていきたいと思うが、それは簡単なことではないだろう。