「コラム-走り書き-(ブログ)」カテゴリーアーカイブ

畑と野生動物

 

 シロウリを採っていたらこんな状態のものが出てきた。これ以外にも半分ほど食べられた実や、齧られた跡が付いている実が複数あった。野ネズミの仕業か、あるいは他の何者かの仕業なのか。

 私が認識している限り、昨年までうちの畑では、作物を野ネズミと鳥に食べられたことはあっても、それ以外の獣に食べられたことは無かった。それがこの夏、野ネズミや鳥以外の何者かが食べたと思われるトウモロコシが畑に散見された。また、断定はできないけれどもアンズとビワの実も食べられたのでは?と思われるふしもあり、他の夏野菜も被害にあわないかが心配になる。

 以前も書いたが、4月にニワトリを持ち去ったのは「キツネ」だと推測している。その後、市に申請して罠を仕掛け、今までに「アライグマ」1匹と「ハクビシン」2匹を捕獲したが、足跡は今も畑に現われ続けている。また、工房から500mも離れていないご近所のブドウ畑では、ブドウを大量に食べられる被害に遭い、アライグマ3匹を捕獲したという。

 さて、山間部の話だと考えていた獣被害が、地方都市とはいえ山間部ではないこの場所で起こるとは、問題の根は深いように感じる。猟友会の方によるとアライグマもハクビシンも市街地にたくさんいるということだ。別の地域の猟師さんも、前橋市街地の話として、「街にいっぱいいるんだよ。動物にだって街の方が住みやすいんだから。」と言う。今後の畑のあり方の再考をせまられるような厄介な話だ。

  ニワトリと野生動物 ①
  ニワトリと野生動物 ②

明峰哲夫さん

 私の生活域である群馬県桐生市、伊勢崎市近郊で、春の野菜の筆頭に挙げられるのは「かき菜」だ。花芽を食べるアブラナ科の野菜は各地で栽培されていると思うが、地域によって異なる品種が栽培されていることが多いようで、先日テレビで見た千葉県のそれは葉の形が当地域のそれと異なっているように見えた。また、20数年前に東京の国分寺市恋ヶ窪公民会主催の「有機肥料で野菜を育てる講座」に参加して私が栽培したのは「のらぼう菜」だった。

 この「有機肥料で野菜を育てる講座」は水曜日に開催されていたので、当時、正社員ではなかったけれども自動車関係の会社で働いていた私は、毎週水曜日に会社を休んで参加したのだった。もともとの薄給に加え、有給も使えない状況で、休んだ分はしっかりと差し引かれる俸給を承知の上で参加を決めたのだが、今考えてみると本当に参加してよかったと思う。それは明峰哲夫さんとの出会いがあったからだ。その講座で、数回に亘って講義を担当し、そのうちの一回は、自らが耕す畑を見学させてくれたのが明峰さんだった。

 明峰さんの講義が終了してしばらくの後、その著書『ぼく達は、なぜ街で耕すか』を読み、アポなしで畑まで明峰さんに会いに行ったことがある。偶然にも畑で仕事中だった明峰さんは、突然の訪問にもかかわらず、暫し時間を割いてくれて、差し出した自著にメッセージも添えて下さった。その時の対話の中で、忘れられない言葉がある。自分たちで畑に掘ったという井戸の話をしながらやかんを手にして、その水で作った麦茶を湯飲みに注いでくれた明峰さんは、「この水は、飲み水には勧められないと保健所に言われたんですが、」と言葉を切った後、「私はこれを飲んでいます。」と静かに云ったのだった。『ぼく達は、なぜ街で耕すか』の中に一貫する、或る種の「覚悟」のようなものを私に感じさせたその言葉は、明峰さんの人間性を端的に物語る言葉そのものだったのだと思う。

 植物関係のもの作り(ガーデンコンテナ作り)から別の分野(耐熱衝撃性セラミックス)の物作りへと分け入った私と、農業生物学者である明峰さんとの間に、その後、接点は無く、お目にかかる機会を再び持ちたいと漠然と思いながらも、それも叶わず、明峰さんが2014年に亡くなられたということを、以前、或る記事で知った。

 東京在住の両親が月に2回ほど群馬に来て数日を畑仕事に費やし、これまで我が家の畑は回ってきた。それがこのところの新型コロナウィルスによる騒ぎで生活が変わり、両親の群馬来訪が大幅に減り、畑の全てを私が行うことになった。そんなことで再び畑仕事に主体的に関わり始めたこのところの私は、明峰さんの本に大豆の育て方が書いてあったな、と思い出し、『ぼく達は、なぜ街で耕すか』を紐解いて、表紙裏に書かれた明峰さんからのメッセージを久し振りに目にしたのだった。そしてそこにはこう書かれている。

  新しい試みが成功されることを!

 それは、会社を辞めて結婚した当時の私が取り組もうとしていた、ガーデンコンテナを利用した植物の栽培に関連する実験に対しての明峰さんの言葉だった。けれども私には、このメッセージが現在の私に向けて書かれたかのようにも感じられたのだった。

 その畑でのわずかな時間以外に、明峰さんと私との間に個人的な付き合いは無かったけれども、何度も読み返した『ぼく達は、なぜ街で耕すか』とそのメッセージは、その後の私の生き方に大きな影響を及ぼしていたということが、今はっきりと分かる。

 

オリーブの木

 工房の東側にあったオリーブの木が枯れた。20年ほど前に苗で購入して、数年間はコンテナで栽培し、後に現在の場所に植え付けたものだ。植え付け当初はなかなか大きくならず、実も多くは成らなかったけれども、このところは工房の訪問者から驚かれるほど立派な木になっていて、実の数も多くなってきたところだった。これからを楽しみにしていたのだが、一昨年、枯れ枝が出はじめ、昨年さらにその範囲が広がり、全体が枯死していることが今年明らかになった。元気に成長していた木が枯れた原因は私には不明で、枯れた木を見るたびに釈然としない思いに捉われていた。それが先日、その原因と思われる事柄が忽然と頭に浮かんだ。

 5年ほど前だったと思うが、所用で出かけた帰り道、ある店でシイタケのほだ木を数本購入した。既に使用済みで廃棄する寸前のほだ木であることは一見して分かったのだけれども、格安だったので軽い気持ちで購入し、持ち帰ってオリーブの木に立てかけて置いたのだった。ただ、ろくに管理もしなかったため、結局シイタケも殆んどならず、ほだ木は2~3年程放置した後に廃棄した。そしてそのほだ木に付着していたシイタケ菌かあるいは別の菌が、数年の間にオリーブの木に移行してこのような事態を招いたのではないか、と思い至った。もちろんこのことに確証があるわけではない無いが、どう考えても他に原因は考えられない。愚かなことに私は、たった数百円の買い物品を無思慮にあてがった為に、20年以上成長していた木を枯れさせてしまった。しかも結局シイタケも採らずに・・・。

 その枯れたオリーブの枝につる性野菜を這わせようと、木の周辺に野菜の苗を植え付けていた時、根元から見慣れない草が新芽を伸ばしていることにふと気づいた。普段あまり見かけない草だな、と思いながらよく見ると、それはなんとオリーブの「ひこばえ」だった。そのことを認識した時、淀んでいた或る部分を一掃するような感動を覚えた。枯れたと思っていたこのオリーブは生きていた。その根元から美しく生気に満ちている新芽が何本も伸びている。ひこばえが珍しいものではないことは承知しているけれども、枯れゆく様を約2年にわたって為す術もなく見守り続けたこのオリーブからひこばえが出るとは、不覚にも私には思いもよらないことだった。

 昨年の7月、ヤマトタマムシに関連して、「私の意識を遥かに超えて動いている昆虫のセンサーと自然界のダイナミズムに感嘆せざるを得ない。私自身もセンサーを敏感に働かせ、『一を聞いて十を知る』というような広い視野で目の前の事物を見据えていきたいと思うが、それは簡単なことではないだろう。」とこのブログに書いたが、恥ずかしながらその後の私にそれが実践できている筈も無く、今回も同じ思いを抱いている。

 そんなことで、このオリーブはまた一から歩み始めることになった。

 

 

ニワトリと野生動物 ②

 それにしても11羽ものニワトリを1夜のうちにキツネは持ち去るのか? 複数頭の仕業なのか? 3方向への足跡は確認できたが・・・。生態を少し調べてみると、キツネは春に数頭の子を産み現在はおそらく子育て中で、オス以外にも、前年に生まれたメスが子育てに協力している可能性があることがわかった。  これらのことからニワトリを襲ったのは複数である可能性が高いと推測できる。

 その後、市に申請して罠を貸していただいた。罠を持ってきてくださった猟友会の方と話したところ、キツネも今までに何頭も獲ったが、親を捕獲するのは難しいという。罠にかかりやすい子ギツネを続けて何頭か捕ると、危険と判断するのか、親もいなくなるという話だった。

 数日後、別のご近所さんに聞いたところ、その方の畑にも何者かが掘り返したような穴があり、鳥の黒い羽根が落ちていたとのことだった。うちで飼っているニワトリは「名古屋コーチン」と「ネラ」で、そのネラはまさに黒い羽根をまとったニワトリだ。おそらくその穴は、(この事件が仮にキツネの仕業だとすればキツネが)事件の夜に得たニワトリを一度そこに埋めて、後で掘り返して持ち去った跡ではないか。そして先述の私が持ち帰った名古屋コーチンは、やはりそのようにして一時的な保管場所として埋められたと推測できる。その後、近所を散策がてらリサーチを続けていると、工房から500mほど離れている場所に、ニワトリのものと思われる黒い羽根の塊が落ちてもいた。

 以上から以下が推測できる。

  • 4月13日の夜から14日の朝にかけて(おそらく明け方)、すでに運動場に出ていたニワトリに目を付けて、複数のキツネが運動場部分の防獣網を破り運動場に侵入した。
  • その際、ニワトリは運動場と小屋との境の子扉から小屋へと逃げた。
  • 運動場に侵入したキツネは、子扉から小屋内に侵入してニワトリを襲い、何羽かを仕留めた。
  • 何羽かのニワトリは子扉から運動場に逃げた。
  • キツネもニワトリを追いかけて運動場に戻りそこでも何羽かの鶏を襲った。
  • 何羽かは小屋の外にも逃げたかもしれないがそのニワトリも襲って仕留めた。
  • 仕留めた11羽は、何頭かのキツネがそれぞれ一羽ずつ銜えて持ち去り、小屋との間を何往復かして一時的な保存のために分散して各所に埋めた。
  • 翌日以降、順次掘り返して食べた。

以上は推測の域を出ないが、今後、事態の甘い予断は許さない状況だろう。