HOTCH-楽しむ陶磁-Ⅱ 

 素材、すなわち粘土というものが「形を作るための物」としてすでに存在し、それをどのように組み立ててゆくのか、ということのみが課題であるならば、ことはある意味では単純に考えられるのでしょう。けれどもオリジナルの耐熱素地で機能的な鍋を作ると決めてしまったばかりに、その素材をも一から作らねばならなくなり、果てしなく続く鉱物の調合・実験・試験・検証や、素材と形の改良の毎日に何年も明け暮れるという、或る種の奈落のような場所に入り込んでしまった私は、様々なデータや理想主義の妄想から生まれた考えに手や足を絡めすくい取られ、どうしてもそこから抜け出すことが叶わないといった状況に陥っていました。耐熱陶磁鍋を作り始めて10年になりますが、以上のような状態は未だに終わったわけではなく、最近になってようやく終息に向かいはじめたというのが実感です。
 昨年の12月初めにギャラリーオーナーと今回の企画の打ち合わせをし、その折に、「作りたいものを作ってくれ」という意味の言葉をかけていただきました。その言葉をきっかけに『幻視』や『螺旋と記憶』などの作品を制作することができたわけですが、この言葉は、上記の閉塞状況に陥っていた私にとっては、ふと気が付くと自分の傍らにどこからともなく下げられた蜘蛛の糸が近づき、その糸を伝わって登ってゆくと、それまで自分が居た場所が遥か足下に見えるようになり、やっとのことで暗くて高い塀の外側が見える場所にまで登りついた、というような状況を作り出してくれたと云えます。無論、上記の閉塞状況が終息しつつある時期だからこそ次の段階に進むことが可能だったわけではありますが、先の言葉とこの場が無ければ、おそらく未だに私は或る種の奈落の底で苦闘し続けていたことでしょう。
 たどり着いたこの新たな場所での仕事は始まったばかりですが、それでもようやく僅かだけでも別の領域に手をかけることが出来たことに、ささやかな喜びをかみしめています。(2013年2月 ぎゃらりーFROMまえばし「HOTCH  楽しむ陶磁」展Ⅱ 挨拶文より抜粋)