スズメバチの姿

 作業の手を休めて一息入れたとき、スズメバチの巣を撤去できるか、という内容と巣の写真が、仕事先の妻から送られてきました。「詳細が分からないと何とも言えないから、あとで教えて」と返信して時刻を確認すると、十五時を回ったところでした。すぐに現場に向かえば暗くなる前に巣が見られるだろうと判断して、車を走らせました。

 以前、日本ミツバチ関連の会に所属していましたが、その会にはスズメバチ用の防護服が二着ありました。その服を着用して、依頼されたスズメバチの巣を撤去したりしていました。ローリングタワーを組んで、高所にできた大きな巣を撤去したこともあります。会から離れた後も何度かスズメバチの巣を撤去していますが、防護服を着用しないので、できる範囲で依頼にこたえています。そしてこんな話が来ると、なぜか少し嬉しいのです。

 現場に到着して、空き家の二階のひさしに作られたその巣に対面しました。聞いていた話よりも巣は小さく、しかも活発な群ではないことが一目で見てとれました。一匹のハチが静かに巣の外側に佇んでいました。そのハチは、こちらを威嚇することもなく、やがて巣の中に入っていきました。巣の外側で警戒している門番の姿もありません。滞在した数分間に、帰巣したハチは一匹で、巣から出ていったハチはいませんでした。

 「女王蜂はいないのかな・・・」と思いました。本当のところは分かりませんが、何らかの理由で女王蜂がいなくなって、すでに巣にいた他のハチたちが、今もこの巣で過ごしているのかな、という印象でした。近隣の人に危険が及ぶような場所でもありません。それでもとにかく撤去してほしいという話だったので、改めて判断すると、撤去することは可能だし、それほどの手間もかからないな、と感じました。「明日の夕方、支度をしてきて撤去しよう」と思いながら、帰路につきました。けれども、なんだかあまり嬉しくないのです。夜になっても気持ちは変わりません。巣の外にいた一匹のハチの姿が目に浮かびます。

――寂しそうだった・・・かな あのハチ
そんなふうにも見えたな 

人に邪魔されない所を 一生懸命探して見つけたんじゃないのかな あの場所

巣の外に佇んで 夕日を浴びていた あのハチ

 冬の足音はもうやってきています。その時、あのハチたちは命を終えます。

――けれど

生きている 

この時を 

女王蜂がいなくても
新しい命が生まれなくても

巣から飛び立ち 
時を送り
そこに帰る 

その中で休み
時を過ごし
生きている

そんな拠り所 を
壊す のか 

巣の外に佇んで 
夕日を浴びていた 
表情も分からない顔 

満ち足りているようにも見えた 
かな・・・

 巣の撤去はできない、と妻に話しました。妻はそのことを依頼主に伝えました。「かわいそうでできないということです」と。依頼主がどう思ったかはわかりません。「そういうことなら・・」と言っていたとのことでした。 

 あの一匹のハチは、いまも心に佇んでいます。