無患子 再訪

桜が植えめぐらされた小高い丘を再び訪れました。昨年、偶然にも訪れた場所ですが、今年は、この場所を目指して車を走らせました。車から降りて、緩やかな周道をめぐった先にある広場は、昨年と同じように桜の花で彩られていました。昨年よりも少し時期が遅かったためでしょうか、花びらが静かに降りしきっています。木々の枝越しには田園風景が垣間見れます。

新たに設置されていた屋根付きのベンチに腰を下ろしたとき、不意に強い風が吹き始めました。向かい風に乗って、花びらがこちらに向かって次から次へと舞ってきます。雪が降っている、と錯覚を覚えるほどでした。舞いながら通り過ぎてゆく花びらの中で、しばし時を過ごしました。

昨年、この場所で、ご婦人から分けていただいた無患子の実のゆくえが、ポケットの中にありました。苗の写真が入っているスマホです。ご婦人から手渡されたその実が、工房の一角で芽吹いていました。50センチほどに伸びて冬を迎えたその苗は、周囲の草たちに守られるようにして寒さを乗り切り、いま新しい芽を膨らませています。

斜面に続く細道を下って、無患子の木の足元から見上げると、大きく広がった枝に、いくつもの実が成っているのが見えました。足元にも実が落ちています。そのうちのいくつかを拾ってみました。濃い茶色と薄い茶色の実たちです。小さく声を掛けました。

  こんにちは・・・

スマホの画面に無患子の苗の写真を出して、その画面を木の幹に向けました。上方に広がる枝にも。

  こんにちは ありがとうございました あなたに分けていただいた実が芽を出しましたよ 見てください

  ほら、この大きな木があなたのおかあさんですよ みえますか

斜面の細道をのぼり返して広場に出ました。若いカップルの楽しそうな声が静かに響きます。花びらが散った地面をタンポポの花が彩っています。あのご婦人との再会は叶いませんでしたが、無患子の木との再会は果たしました。広場に着いてベンチに座ったときに吹いた強い風は、その場をあとにするまで、再び吹くことはありませんでした。